銀時はイライラと戸棚や箪笥の中を漁っていた。
「クッソ~。こないだのパチンコの戦利品がねえじゃねェかよ」
パチンコで小当たりがきて玉を全部チョコレートに代えてもらい、神楽や新八に見つからないように、戸棚と箪笥に分散して隠しておいたのだ。子供達がいないときに食べようと密かに楽しみにしていたのに、いざ食べようと思ったらチョコは跡形もない。
「犯人はわかってンぞ。あのチャイナ娘め~。食いモンにはやたら鼻が利きやがるからな。顔見たらただじゃすまさねェぞ。四分の三、いや五分の四殺しくらいにしてやらねェと気がすまねェ」
神楽相手では簡単に返り討ちにされるのがオチだが、銀時はプンプン怒っている。
「クッソー。甘いモン甘いモン。糖分が切れた。今すぐ糖を補給しなけりゃ俺は死ぬゥゥゥゥ」
絡まり放題の銀髪をかき回す。
家の中に砂糖以外の甘い物はない。甘味処に行こうにも、買い物に行った新八たちに財布を渡してしまった。
「もーダメだ。こうなったら奥の手だ。最終手段だ」
銀時はヨロヨロと家から出て行った。
そしてやってきたのはお馴染み桂の家。
「ヅラァ~~~!!!」
「どっどうしたのだ? 銀時」
玄関に出迎えたらがばりと抱きつかれて驚く桂。
「銀サンもう死にそ。糖分が不足してンだよ。頭働かないし足もフラフラなンだよ」
「頭が働かないのはいつものことであろう? 足がフラフラしているのは二日酔いのせいだ」
「ちげーって。夕べはそんなに飲んでねェモン。これは甘い物が不足した時に出る症状なの」
「甘い物甘い物と貴様は童か? とにかく離れろ。これでは身動きもできん」
銀時は大人しく桂から離れた。桂は銀時の顔をとっくりと眺めた。死んだ魚のような目がいつもよりもどんよりとして、目の下には隈もできている。生気のない顔つきに溜息が出た。
「まったく仕方のないやつだ。まあ上がれ。何か茶菓子を出してやろう」
それを聞いて銀時はくふふとほくそ笑んだ。
「へっへっへ。甘いモンが食いたくなったら、まずはツレんちを当たれってね。これ鉄則だから」
なんだかんだ言っても桂は自分に甘い。それに子供の頃、桂の家に遊びに行くと桂の母が必ずおやつを出してくれた。それが習慣となって桂も何かしら甘い物を出してくれるのだ。
居間で待っていると桂が盆を手にやってきた。
「待たせたな銀時。実は良い菓子を手に入れたからおまえのところに持って行こうと思っていたのだ。それを食わせてやろう」
「へー。良い菓子ってどんなの?」
桂が土産と称して持ってくる菓子は外れがない。銀時の好みを押さえた物をいつも差し入れしてくれる。さすがに長い付き合いの腐れ縁の連れ合いだけのことはある。だから今回も期待大だ。
盆の上には真四角の白い箱が乗っている。この形からするとホールのケーキだろうか。ケーキをまるごと一気食いするところを想像して涎が出そうになる。
「そら。アップルパイだ」
いいながら蓋を取ると、箱の中には表面がつやつやとしたいかにもおいしそうな丸いパイが入っていた。
「うおっ。おめェにしちゃ珍しいチョイスだけど、メチャクチャ美味そうじゃん」
今にも手づかみで食べ出しそうな銀時を待て待てと制した。
「切り分けるから少し待て」
四つに切り分けると皿に乗せて銀時の前に置いてやった。
「サンキューヅラ。これで銀サン生き返ることができそうよ」
顔を緩ませて喜ぶ銀時に、やっぱり童のようだと苦笑が漏れた。
「ンじゃまあ。早速いっただっきま~す」
フォークでぐさりと刺してあーんと大きく開けた口にパイを運んだ。口の中に入れようとした寸前でプンとなにかが匂った。銀時の眉間に皺が寄る。
「ねェ。これなンか匂うンだケド」
「それはシナモンの香りであろう。俺も良く知らなんだが、アップルパイにシナモンはつきものらしいからな」
「それはそうだけど。コレちょっと匂いきつくね?」
皿に戻したパイに顔を近づけてくんくんとかいだ。
「ウエッ。やっぱスゲーきつい匂い」
「そうか? シナモンは香辛料だからな。刺激的な匂いがするのであろう?」
「いくら香辛料だからって、これは匂いすぎだろ。どんだけシナモン入れてンだよ。このアップルパイ」
香辛料は適量使えば料理や菓子の味を引き立てるが、使いすぎはいただけない。
「食わんのか?」
「ンー。とっても食いたいケド。でも匂いきつすぎ。これじゃ中のりんごの味も良くわからなくなってンじゃネェの? 他になんかない?」
甘い物を食わせろというから出してやったのに我侭なやつだとぶつぶつ文句をいいながら、桂は居間から出て行った。
アップルパイに未練がある銀時はもう一度食べてみようとしたが、シナモンの刺激的な匂いにやっぱりダメだと諦める。
「これではどうだ?」
今度もって来たのはクッキーだった。丸型の生地に刻んだアンジェリカやレーズンが入っていて銀時の好みだ。
「悪ぃな。ヅラ」
手数をかけたことを一応謝ってから、一つつまんでポイと口に入れた。
「どうだ? 美味いか?」
「ンー」
口をもぐもぐさせていた銀時の動きが止まった。次の瞬間ブフォーっとクッキーを噴出していた。
「何をする銀時。汚いではないか。というか吐き出すなどなんと勿体無い」
噴出したクッキーの残骸をもろにかぶった桂が憤慨する。
「何をするじゃねー。これがなんなのか聞きてェのはこっちのほうだっての。これはなんですか? シナモンを練って焼き上げたシナモンの塊ですか? コノヤロー」
「シナモン入りのクッキーなのだ。シナモンの味がして当然だ」
「っつったって限度があるだろうよ。シナモンの味しかしねェぞコレ」
あー口ン中がひりひりすると言って湯飲みを取り上げた銀時が固まった。
「アノー桂さん。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
懐紙でクッキーのくずをふき取りながら桂が答える。
「このお茶ン中に突っ込んである棒みたいなモンはナンデショウ?」
見た目は普通の緑茶の中に茶色い棒状のものが入っている。
「それはシナモンスティックだ。シナモンの香りをお茶に移して飲むのだ。ちょっと粋だろう?」
自慢げに答えた桂に銀時の眉がつり上がった。
「バッカじゃねェのてめェ。シナモンスティックで飲むっつたら珈琲か紅茶だろ。日本茶にシナモン突っ込むバカがドコにいるンだよ」
「いちいち細かい事を言うやつだな。というか珈琲も紅茶も日本茶も変わらんだろう。なんか渋いじゃん。カフェイン入ってるし」
「マテマテマテ。ぜんっぜん違うからね。日本茶にシナモンはぜってームリだからね。というかなんだってこんなにシナモン攻めなんだよ。攘夷党の党首やめてシナモン党の党首に鞍替えでもしたのかよ」
待ってましたとばかりに桂はびっと指を突き出した。
「知っているか銀時。シナモンの効能を」
「ハァ?」
「シナモンには糖尿病の予防改善の効果があるのだそうだ。だからおまえは甘い物を摂るのと同時にシナモンを食すれば糖尿にならずにすむのだぞ」
あーそう言えば、こないだテレビで香辛料の効能うんたらをやってたな。ジャンプ読みながらだったから聞き流してたけど、その中でシナモンも取り上げてたような気がする。その番組をこいつも見たんだろう。それで糖尿→銀時と連想したのは想像に難くない。
「糖尿だけではないぞ。風邪予防にもなるし食欲増進、滋養強壮にも効果がある優れた香辛料なのだそうだ。だから万事屋へ持って帰って子供達にも食べさせて…」
「こンな香辛料臭ェモン食えるかァァァァァッッッ!!」
とうとうとシナモンについての効能を延べるのを怒鳴って遮った。それを聞いて桂の眉がきりきりきりとつり上がる。
「何を言うか。これらは香辛料を専門に取り扱っている店で出している菓子なのだぞ。江戸では一軒だけしか手に入らないのだ。少しでも糖尿が遠ざかるようにと貴様のためを思い、わざわざ出向いて求めてきたというに食えぬとはなんたる了見だ」
「そこまで言うならてめェで食ってみろよ」
「ああ食ってやろうではないか。俺は貴様と違って軟弱ではないからな。香辛料ごときに遅れは取らぬ」
桂はアップルパイをフォークで切り分けて口に運んだ。もぐもぐしていたが、ぐっと詰まったような声をだして手で口を押さえた。そのまま立ち上がるとだだっと居間を出て行く。やがて台所の方からザアアーっと水を流す音が聞こえてきた。吐き出したなと思いげんなりする。
しばらくして青い顔をした桂が戻ってきた。
「どうだった? 美味かったか?」
意地悪く聞いてやると俯いてしまう。
「すまなかったな銀時。これはとても食べられる代物ではないな。いくら体に良いといってもこれはきつ過ぎだ」
ぼそぼそと小さな声で言う桂。
そうだろう俺の行ったとおりだろう。特におめェみたくシナモンなんか食ったことのないヤツにはムリだって。
「したがどうしよう銀時。このまま捨ててしまうのはあまりに勿体無い」
アップルパイは四分の三が、クッキーにいたってはほぼ一袋残っている。
「だいじょぶだって。ウチには鉄の胃袋を持つ娘がいるじゃん」
神楽ちゃんならこんなモンぺろりと平らげるから。
そう言って残った菓子を万事屋へ持ち帰ることにした。大騒ぎをしただけで結局糖分補給はできなかった。
万事屋へ帰ると買い物に出ていた新八と神楽も帰っていた。目ざとく徳用チョコシューのパッケージを見つけた銀時は、それをかかえて食べ出した。ああやっぱりコレだよね。高級じゃなくたってイイんだよ。甘くて美味けりゃイイんだよ。銀時は数時間ぶりの糖分摂取に幸せを感じていた。神楽は桂からの差し入れと言って渡されたアップルパイとクッキーを、物凄い勢いで食べている。やっぱりアイツなら大丈夫だと思ったのは間違いじゃなかった。
「どうだった? ヅラからの差し入れ。なんでも江戸で一軒しか手に入らねェ菓子らしいぜ」
「そんなすごい菓子アルか? でも漢方薬臭くてイマイチネ。やっぱり酢昆布のほうがいいアル」
大人二人が目を回した菓子をそれで済ませてしまう神楽は大物だと苦笑が零れた。
私はシナモンの風味は好きです。アップルパイ食べたくなってきた。