今日は七夕。それなのに生憎の雨。一年に一度しか逢えない恋人たちが渡るための天の川もかからない。
「だーいじょぶだって。天気が悪くっても雨が降ってても天の川がかかってなくても」
銀時が幾分酔いの回った口調で言った。
「何故大丈夫だと思うのだ。織姫と彦星は天の川がなければ逢えないのだぞ」
桂がしっかりとした口調で言った。彼も結構飲んでいるのだが、余程のことがなければ乱れるということがない。
「かぶき町にいりゃァだいじょぶだって。星は出てなくてもネオンの海を渡って逢えるじゃん。かぶき町にはキャバレー天の川だってソープ織姫だってあるンだから、そのうち彦星だって辿り着くってもんだ」
「なにを馬鹿なことを言っておる。それは酔っ払いかソープの客であろう」
桂が呆れたと溜息をついた。
「銀時。おまえ少し飲みすぎだぞ」
「エエー。まだぜんっぜん飲んでませんよーだ」
銀時はとろんとした目で桂を見る。
「だいたい七夕祭りをやるというから出向いたというのに。酒に付き合っているだけではないか」
昼間通りで会った銀時が、七夕様をやるから夜になったら万事屋に来いと言ったのだ。珍しく風流なことをやると、悪くない誘いだと思ってやってきたら、そのままスナックお登勢に連れて行かれた。
「七夕祭りはやってますー。あそこ見てみろよ。ちゃァンと笹が飾ってあるだろ」
確かに店に入ってすぐのところに小さな笹飾りが置いてある。
「な。七夕に付物なヤツがあるだろ。だから七夕祭りだってンだコノヤロー」
文句があるかと言い切った銀時。
やれやれと思った桂は、それでも笹飾りに興味を持って近づいた。
「ほう。なにやら短冊が飾ってあるではないか。どれどれ…」
桂は手近にある短冊に目を通した。
『胸が大きくなりますように』
「あーそりゃァ神楽の願い事だ」
何時の間にかやってきていた銀時が後から言った。
「こないださっちゃんに会ってよォ。あいつ胸デケェだろ? それで神楽ちゃんが対抗心を燃やしちゃってそんな願い事を書いたってワケ」
「確かにさっさんは立派な胸をしているがな。願い事をしなくても年頃になれば乳は自然と大きくなるものだ。リーダーにそう言っておいてくれ」
次に目に留まった短冊は。
『お通 My Love』
「これは新八君だな。しかしこれは彼の想いであろう? 短冊に書くものではないような気がするが」
「イインだよ。アイドルオタクは常にンなこと考えてるンだよ。アイツの9割はお通 My Loveでできてるンだからよ」
そういうものかと桂は頭を傾げる。
そして上のほうに飾ってある短冊を見た。
『必勝!』
「おまえだな銀時。これを書いたのはおまえだな」
「アレー。わかっちゃった?」
照れ笑いをして頭をかき回す銀時。
「何に必勝するのだ? 仕事か? もちろん仕事だな。心を入れ替えてきりきり働き仕事に勝つための願い事だな」
桂が目を据わらせて迫ってくる。
「仕事はゆる~くたる~くが銀サンのやり方なの。必勝するのはパチンコに決まってンじゃねェか。バカじゃねェの? ヅラ」
「ヅラじゃない。桂だ。馬鹿なことを言ってるのは貴様の方だ」
決まり文句と共に頭をゴチンと殴られた。
「まったくあやつはふざけた願い事を書きおって」
席に戻った桂がぶつぶつ言っている。銀時は厠へ行っていた。
「銀時は素直じゃないからね。本当の願い事なんて書けやしないのさ」
桂の文句をお登勢が聞き拾う。
「お登勢殿はあやつの本当の願い事がなにかわかるのですか?」
桂の問にお登勢は煙草をふうっと吐いてから答えた。
「さてね。アイツの考えてる事なんてアタシにはさっぱりさ。アンタのほうがわかってるんじゃないかね」
「俺が…?」
「織姫と彦星は一年に一度でも逢いたいと願ってる。想う人に会いたいと思うのは普通のことさね」
「お登勢殿。それはいったいどういう…」
当惑気に聞く桂にお登勢はふふと笑った。
「アタシなんて彦星に会いたいと思っても一年たったって会えやしない。冥土までいかなきゃならないからね」
お登勢の旦那が亡くなっていることは銀時から聞いて知っている。
「お登勢殿。ご亭主に会いたいとお思いか?」
「そりゃぁね。会えるもんなら会いたいと思うよ。何しろ惚れて一緒になった相手だからね」
これでも昔は人並みに惚れた腫れたもあったのさとお登勢が笑った。
そこへ銀時が戻ってきた。
「ナーニ。仲良く話し込ンじゃってンの? っとにてめェはババァが好きだよね」
「妬くな妬くな。俺はお登勢殿が好きだぞ。おまえじゃお登勢殿には敵わぬ」
「オイィィ。言いたい事言ってくれるじゃねェか。まあ、しょうがねェか。今日は七夕だし、ついでにババァの誕生日だし。多目に見てやるよ」
それを聞いて桂が目を丸くした。
「今日が誕生日だったのですか? お登勢殿」
「ああまあね。誕生日なんて随分昔のことになっちまったけどね」
「銀時。何故教えてくれなんだ。そうと知っていたら祝いの品を用意したのに」
「そんなものはいらないよ。桂さん。だいたい誕生日の祝いをしてもらう歳でもないだろ」
しかし…と桂は困った顔をしている。
「イインだよ。プレゼントなンて。だいたい老い先短けェババァにナニやるンだよ。棺桶につっこんだ足がまた一年分深くなったンだぞ。だから今なの。こうやって酒飲ンんでるンでイインだよ」
「銀時…。それで俺を誘ったのか? お登勢殿の祝いをするために今日…」
わかったかコノヤローと言いながら黒い頭をはたいてやった。
「よし。それなら俺もとことん飲むぞ。それが一番のお祝いだな」
「そう来なくっちゃ。ババァじゃんじゃん酒出して」
はいよと答えながらも、払いは大丈夫なんだろうねとお登勢は思った。
飲んで騒いで珍しく桂も酔っ払って顔を赤くしていた。店仕舞いまで粘った二人は、払いは後日で良いというお登勢の言葉に甘えて店を出た。
「銀時。雨が止んだぞ」
「あーホントだ」
雨は止んだが空は雲に覆われている。
「あの雲の向こうでは天の川がかかって織姫と彦星が一年ぶりの逢瀬を叶えているのかもしれんな」
「そうかもね。でも日付過ぎちゃったけどね。もう七夕終わっちゃったけどね」
「無粋なことを言うな。少しぐらい時が延びても罰は当たるまい」
「ンじゃまあ。こっちの逢瀬もこれから始めたりする?」
銀時がにへらと笑って顔を近づけた。
「否。今夜はお互い役立たずだと思うぞ」
「てめェこそ無粋なこと言ってンじゃねェか」
軽口を叩きあいながら、体を支えあって二人は階段を上がっていった。
酔っ払いの銀時と桂を見送って看板をしまったお登勢はふうと溜息をついた。誕生日だということが他のお客にも知れて、お祝いにかこつけてみんな飲んで食べてはしゃいでいた。
「アタシだって歳も歳なんだから、みんなもうちょっと考えてほしいもんだね。まったく付き合ってらんないよ」
それでもお登勢の口元には笑みが浮かんでいた。
ふと笹飾りに目がいった。これも今日には片付けなければならない。たった一日の飾り。たった一日の逢瀬。とても儚くてだからこそ、七夕は魅力的なのかもしれない。
「おや。なんだねこの短冊は」
銀時が書いた『必勝!』の短冊に添え書きがしてあった。
『お登勢殿。バーサン。誕生日おめでとう』
ミミズがのたくったような字で。
「あの酔っ払いどもが」
お登勢は短冊をぴんと弾いて笑った。